大阪高等裁判所 平成6年(ネ)1190号 判決 1995年11月21日
控訴人
興亜地所株式会社
右代表者代表取締役
近藤操
右訴訟代理人弁護士
丹治初彦
被控訴人
株式会社日住サービス
右代表者代表取締役
森﨑健治
右訴訟代理人弁護士
堅正憲一郎
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、六三六三万円及びこれに対する平成元年四月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文と同旨
第二 当事者の主張
一 控訴人の請求原因
1 当事者
控訴人は、不動産の売買を主たる目的とする株式会社であり、被控訴人は、不動産取引の仲介に関する業務を主たる目的とし、かつ、宅地建物取引業者の免許を有する株式会社である。
2 本件土地売買契約の成立と解除
(一) 控訴人は、国土利用計画法所定の手続きを取ったうえ、平成元年四月二六日、被控訴人の媒介により、樋上暉子ほか三名との間で、同人ら所有の別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)及び同地上の建物合計六棟(以下右土地、建物をあわせて「本件物件」という。)を、代金二億八〇〇〇万円で買い受ける旨の売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し、右代金を完済した。
控訴人は、同月二四日、樋上らとの間の本件売買契約の締結に先立ち、媒介業者である被控訴人から、宅地建物取引業法三五条一項所定の重要事項の説明を受けたが、その際、本件土地が長田神社境内地遺跡として周知の埋蔵文化財包蔵地に該当するとの説明を受けておらず、被控訴人から受領した重要事項説明書にもその記載がなかった。
(二) 控訴人は、右建物の賃借人らとの間で順次立退き交渉を重ね、立退料を支払って建物の明渡しを受け、同年八月三〇日に建物を取り壊し、同年九月一〇日には本件土地を更地にしたうえ、平成二年七月六日、宗教法人大乗寺との間で、本件土地を代金六億一〇三三万円余りで売却する旨合意し、その後、国土利用計画法に基づく届出をし、神戸市長から同年一二月三日付で不勧告通知を受けた。
宗教法人大乗寺は、寺院建設のための事前申請をしていたところ、同年一二月になって本件土地が長田神社境内地遺跡として文化財保護法五七条の二所定の周知の埋蔵文化財包蔵地に該当することが判明し、控訴人は、同月四日付書面により、神戸市教育委員会から試掘調査の通知を受け、その結果、右転売契約は解除された。控訴人は、文化財保護法に基づき、埋蔵文化財包蔵地として、本件土地の試掘調査を余儀なくされ、平成三年一月一八日に試掘調査をした結果、遺物包含層が検出されたため、発掘調査を義務付けられた。控訴人は、同年二月二八日に右試掘調査費用三六万三〇〇〇円を支払い、かつ、控訴人が負担すべき発掘調査費用の見積額は六〇〇〇万円に達するに至った。
3 被控訴人の責任
(一) 債務不履行責任
控訴人は、被控訴人との間において、本件売買契約を締結するに先立ち、土地建物の買受けの媒介を依頼する旨の不動産媒介契約を締結した。
仮に、控訴人と被控訴人間で右不動産媒介契約の締結が認められないとしても、不動産取引において売主側と買主側の媒介業者が別に存する場合でも、各媒介業者は、売主に対しても、買主に対しても共同して媒介契約上の責任を負担する義務があるとするのが不動産取引の実務上の慣習である。
以上の主張が認められないとしても、控訴人は、盛井不動産こと盛井一徳に土地の媒介を依頼し、盛井不動産の林秀行が媒介の任に当たったものであるが、同人から被控訴人の一〇〇パーセント出資の子会社であるエスクロージャパン株式会社に本件土地の調査を依頼し、その費用として控訴人の負担で同会社に一〇万円を支払っているから、控訴人は、被控訴人との間で、本件土地の調査を依頼する旨の契約を締結したものということができる。
したがって、被控訴人は、不動産媒介契約等の受任者として、取引の過誤により控訴人に不測の損害を生じさせないように配慮すべき注意義務があり、これに違反すれば、これにより控訴人の被った損害を賠償する責任がある。
(二) 不法行為責任
被控訴人は、宅地建物取引業者として、控訴人と樋上らとの間の本件売買契約を媒介したのであるから、直接委託契約関係のない控訴人に対しても、取引の過誤により不測の損害を生じさせないように配慮すべき注意義務があり、これに違反すれば、これにより控訴人の被った損害を賠償する責任がある。
すなわち、宅地建物取引業法が、委託者だけでなく「取引の関係者」に対し信義誠実に業務を行わなければならないとする三一条をはじめ、三五条、四七条一号のような第三者保護の諸規定を置いていること、不動産取引の専門家としての宅地建物取引業者に対する第三者の信頼が厚いこと、不動産仲介業者は非委託者に対しても商法五一二条によって報酬請求権を有することがあること、等から根拠づけることができるのである。
4 被控訴人の宅地建物取引業者としての調査説明義務
(一) 宅地建物取引業者は、取引の対象土地が周知の埋蔵文化財包蔵地に該当することを調査し、取引の前に取引の当事者に説明する義務があるというべきである。
(1) 文化財保護法九八条二項は、地方公共団体が文化財等の管理のため必要な措置を講ずることができることを認めており、この規定は、同法五七条の二に根拠を置く周知の埋蔵文化財包蔵地をも対象とし、その管理のために必要な措置を講ずる場合のあることを含んでいると解さなければならない。したがって、同法五七条の二所定の周知の埋蔵文化財包蔵地に該当することは、宅地建物取引業法三五条一項二号、同法施行令三条二八号に規定された「法令に基づく制限で政令で定めるものに関する事項」に当たり、被控訴人は、調査説明義務を負うものである。
(2) 仮に右「法令に基づく制限で政令で定めるものに関する事項」に当たらないとしても、宅地建物取引業法三五条一項は、「少なくとも次の各号に掲げる事項について」と規定していることから、最小限の説明義務を定めたものであり、この義務のみ果たせば足るというものではない。宅地建物取引業者は、右「法令に基づく制限で政令で定めるものに関する事項」だけでなく、「その他一定の重要事項」についても調査説明義務を負うと解すべきであり、周知の埋蔵文化財包蔵地に該当することはこれにあたる。このことは次の事実からも肯定されるべきである。
① 宅地建物取引業者は、高度の専門的知識、実務経験、調査能力を有していることを前提にして、宅地建物取引業法に基づき、免許を受けているものであり、宅地建物取引主任者制度の発展と社会的責任の増大に伴って、その責任も一段と重いものになってきているのである。
② 被控訴人は、資本金一五億円を超え、全国各地に営業所を持ち、不動産仲介業者としては大手企業であり、しかも、不動産取引に関する一般消費者を顧客として宣伝・営業活動をしているものである。
被控訴人は、本件売買契約の媒介により、少なくとも八三〇万円の報酬を取得している。
③ 売買の目的土地が周知の埋蔵文化財包蔵地に該当することは、売買目的物の瑕疵(法律的欠点)に当たる。
目的土地について法令上ではなく、行政指導による事実上の建築制限がある場合についても、買主が行政上の負担、制限を負うことになるから、同様である。
(二) 本件土地は、以下の事実から、周知の埋蔵文化財包蔵地に該当するから、被控訴人は、宅地建物取引業者として、本件土地が周知の埋蔵文化財包蔵地に該当することを調査し、これを本件売買契約の締結前に控訴人に説明する義務があったにも拘わらず、控訴人に対し、本件土地について、長田神社境内地遺跡として周知の埋蔵文化財包蔵地に該当するとの説明をせず、重要事項説明書にその旨記載しなかったものであるから、右注意義務に違反するものである。
周知の埋蔵文化財包蔵地とは、遺物の散布、地形、地貌あるいは伝承等によって人々にその所在が知られ、かつ、行政的には少なくとも当該地域を管轄する地方公共団体の文化財担当部局に備える資料に登載されているものを指すということができる。本件土地は、埋蔵文化財包蔵地として神戸市の埋蔵文化財分布図に昭和六〇年三月から掲載され、一般に公表され、当時から周知であった。本件土地は、神戸市内でも古くから著名な長田神社のごく近くに位置しており、本件土地の一帯が遺跡地であることは容易に推測しうることである。本件土地は、神戸市教育委員会へ問い合わせれば、長田神社境内地遺跡として周知の埋蔵文化財包蔵地に該当することが容易に判明する土地でもあった。
(三) 宅地建物取引業者間では、昭和六〇年から、不動産の媒介にあたって、埋蔵文化財包蔵地に該当するかどうかの調査がなされているし、平成元年度の宅地建物取引主任者の実務講習テキストでも、周知の遺跡については、教育委員会に備付けの遺跡地図を確認するように指導がなされている。
したがって、被控訴人は、宅地建物取引業者として、本件土地が文化財保護法に関する規制を受けるかどうかについて、神戸市教育委員会へ照会するなどして調査し、その調査結果を、控訴人に説明する義務があるにも拘らず、前記のとおりこれを怠ったものである。
5 被控訴人の調査説明義務違反と控訴人の損害との因果関係
被控訴人は、文化財保護法に関する規制について、神戸市教育委員会への照会をしていないし、その他、文化財保護法による規制を一切調査していないのであるから、重要事項説明書にその旨を表示すべきであるのにこれをせず、かえって文化財保護法の規制について該当なしと表示した。そのため、本件取引を共同して媒介した盛井不動産側の担当者林秀行は、大手企業である被控訴人の交付した重要事項説明書であったために全幅の信頼を寄せ、自ら調査をしなかっただけでなく、調査の機会を失うことになった。その結果控訴人は損害を被ったものである。
6 控訴人の損害
控訴人は、新たな開発用地として活用する目的で本件土地を購入したものであって、本件土地が周知の埋蔵文化財包蔵地であることが判明していれば、本件売買契約を結ぶことはなかったし、仮に締結するとしても、試掘、発掘調査費用を計上して売買代金から減額するようにしたことは明らかである。したがって、控訴人は、被控訴人が文化財保護法による周知の埋蔵文化財包蔵地の規制の調査説明を怠ったことにより前記試掘、発掘調査費用等六三六三万円相当の損害を被ったものである。
7 結論
よって、控訴人は、被控訴人に対し、債務不履行ないし不法行為による損害賠償として六三六三万円及びこれに対する本件売買契約締結の日の翌日である平成元年四月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する被控訴人の認否及び反論
1 請求原因1項の事実は認める。
同2項のうち、控訴人が被控訴人の媒介により本件売買契約を締結したこと、控訴人が被控訴人からその主張の重要事項の説明を受けたこと、本件土地が長田神社境内地遺跡として埋蔵文化財包蔵地に該当することは認め、本件売買契約当時それが周知であったことは否認し、その余の事実は不知。
同3ないし6項の事実と主張は否認ないし争う。
2 被控訴人の債務不履行責任、不法行為責任について
控訴人は、盛井不動産こと盛井一徳、日本住建の藤岡勇との間で媒介契約を締結したのであり、被控訴人との間で媒介契約を締結していない。
被控訴人が控訴人との間で、本件土地の調査をする旨の契約を締結したものと認めることはできない。すなわち、エスクロージャパン株式会社が委任を受けたのは、本件土地及び地上建物の権利関係の調査ではなく、本件売買契約書において、建物と土地の賃貸借の承継を細かく規定する必要から、その特約条項の作成のための事務を処理したものである。同社が受領した一〇万円程度の金額で、同社が本件土地の権利関係の調査義務をすべて負うことはありえない。
3 被控訴人の宅地建物取引業者としての調査説明義務について
(一) 宅地建物取引業者には、取引の対象土地が周知の埋蔵文化財包蔵地であることについて調査説明すべき義務はない。
(1) 宅地建物取引業法三五条一項二号所定の宅地建物取引業者が宅地建物取引主任者をして説明すべき重要事項のうち、文化財保護法関係の規制は、宅地建物取引業法施行令三条二八号に定められているが、文化財保護法五七条の二所定の周知の埋蔵文化財包蔵地はこれに掲げられていないのである。文化財保護法九八条二項は、地方公共団体が条例によって重要文化財等以外の文化財について重要なものを指定してその保存、活用のために必要な措置を講じることができる旨定めた規定であり、周知の埋蔵文化財包蔵地に関する規制とは無関係な規定である。したがって、宅地建物取引業者は、取引の対象土地が周知の埋蔵文化財包蔵地に該当することを調査説明する義務を負わないというべきである。
(2) 宅地建物取引業者は、免許制とはいえ特別な資格、能力がなければこれを営むことができないものではないから、高度の専門的知識や鑑定能力を望むことは到底無理であって、このような業者に課される業務上の注意義務にもおのずから限界がある。したがって、宅地建物取引業者には、宅地建物取引業法三五条一項に掲げられていない事項についてまで、調査説明義務はない。
(二) 本件土地は、周知の埋蔵文化財包蔵地に当たらないから、被控訴人には控訴人に対し調査説明義務はない。
周知の埋蔵文化財包蔵地であるというためには、地方公共団体の文化財担当部署の資料に登載されていることだけでは足りず、貝塚、古墳などの外形的事実の存在、地形あるいは伝説、口伝等によりその地域社会においてその所在が広く認められていることが必要である。
本件土地の周辺は、長田神社境内地遺跡として、神戸市の埋蔵文化財分布図に登載されているが、地域住民に周知させる方法はとられておらず、登載されたのも昭和六〇年三月であって、本件売買契約の締結に先立つ四年程前のことである。
本件土地は、長田神社から南西部に位置する土地であり、長田神社とは近い距離にある。しかしながら、長田神社周辺の土地は、平坦な地形の宅地となっており、長田神社と接して北側には小学校、東側には商店街、南、西側には住宅があり、その四方はごくありふれた街の地形である。本件土地の周辺は、北側に木造二階建てのアパートがあり、その他低層マンションが取り囲んでおり、住宅密集地である。本件土地には、昭和三九年ころから家屋が建築されはじめ、本件売買契約当時には、樋上らの自宅一棟(昭和四八年に建築確認がなされている。)、文化住宅二棟、貸家三棟及び第三者が本件土地の一部を賃借して建築した建物一棟(合計七棟)が建築されていたのであり、本件土地及びその隣接地は宅地としての外観を呈していたものである。このように、本件土地及びその周辺部は、普通の街中のごくありふれた住宅地であり、外形的、地形的に文化財が埋蔵されている土地であるとは到底考えられない利用状況であった。
また、本件土地売買の媒介の際、控訴人、被控訴人その他媒介業者の間で本件土地が埋蔵文化財包蔵地であることを疑うべき事情について問題となったことはなかった。
したがって、本件土地は、伝説、口伝等によりその地域社会において埋蔵文化財包蔵地として広く認められている土地ということはできない。
(三) 宅地建物取引主任者に対し埋蔵文化財包蔵地の調査について具体的マニュアルが作成されたのは平成三年になってからであり、それまでは宅地建物取引主任者に対し埋蔵文化財包蔵地について教育委員会へ問い合わせることをマニュアル化され指導されたことはなかった。したがって、被控訴人には、本件土地が埋蔵文化財包蔵地に該当するかどうかの調査説明義務はない。
4 被控訴人の調査説明義務違反と控訴人の損害との因果関係、控訴人の損害について
控訴人は、地上げと転売による利益を得ることを内心の目的として、本件売買契約を締結し、後にその約三倍の価額で転売を図ったというのであるから、たとえ被控訴人から本件土地を周知の埋蔵文化財包蔵地に該当するとの調査説明を受けたとしても、それとは無関係に本件土地とその地上建物を買い受けたはずである。したがって、被控訴人が右調査説明をしなかったことと控訴人主張の損害との間に因果関係はない。
周知の埋蔵文化財包蔵地は、文化財保護法により試掘調査をしなければならないのであるから、控訴人は、たとえ被控訴人から本件土地を周知の埋蔵文化財包蔵地に該当するとの調査説明を受けたとしても、試掘調査費用を売買代金から差し引くことをしなかったはずである。被控訴人が右調査説明をしなかったことと控訴人主張の試掘調査費用の損害との間に因果関係はない。
試掘調査によって埋蔵文化財が発見されるかどうかは不明であるから、被控訴人が右調査説明をしなかったことと控訴人主張の発掘調査費用の損害との間に因果関係はない。また、試掘調査によって、埋蔵文化財が発見されたとしても、遺物包含層を発掘せずに建築する場合には発掘調査は不要であり、控訴人主張の発掘調査費用が損害であるとはいえない。
三 被控訴人の抗弁
1 控訴人は、盛井不動産に媒介を依頼して、樋上らから本件土地を買受けたのであるから、樋上らに対し売主の瑕疵担保責任による損害賠償、盛井不動産に対し注意義務違反の債務不履行による損害賠償を請求すべきであり、被控訴人にのみ損害賠償請求をするのは、著しく信義則に反し許されない。
2 控訴人は、不動産の売買を主たる目的とする会社であるから、本件土地が周知の埋蔵文化財包蔵地に該当するかどうかを自ら調査すべきであり、それを怠った控訴人には重大な過失があるから、賠償額の算定にあたって過失相殺すべきである。
四 抗弁に対する控訴人の認否
抗弁1、2項はいずれも争う。
第三 証拠
証拠関係は、原審及び当審の各訴訟記録中の証拠目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 当事者
控訴人は、不動産の売買を主たる目的とする株式会社であり、被控訴人は、不動産取引の仲介に関する業務を主たる目的とし、かつ、宅地建物取引業の免許を有する株式会社であることについては、当事者間に争いがない。
二 本件土地売買契約の成立と解除
1 控訴人は、国土利用計画法所定の手続きを取ったうえ、平成元年四月二六日、被控訴人の媒介により、樋上ほか三名との間で、同人ら所有の本件物件を、代金二億八〇〇〇万円で買い受ける旨の本件売買契約を締結し、右代金を完済した。
控訴人は、同月二四日、樋上らとの間の本件売買契約の締結に先立ち、媒介業者である被控訴人から、宅地建物取引業法三五条一項所定の重要事項の説明を受けたが、その際、本件土地が長田神社境内地遺跡として周知の埋蔵文化財包蔵地に該当するとの説明を受けておらず、被控訴人から受領した重要事項説明書にもその記載がなかった。
以上の事実は当事者間に争いがない。
2 成立に争いのない甲第三号証の二、同第五号証、同第七号証の一、二、同第一〇号証の一ないし三、同第一一号証、乙第五ないし一〇号証、原審証人藤岡勇の証言によって成立の認められる甲第三号証の一、原審証人川上武志の証言によって成立の認められる甲第一二ないし一四号証、原審証人藤岡勇、同川上武志の証言によれば、以下の事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
控訴人は、右建物の賃借人らとの間で順次立退き交渉を重ね、立退料を支払って建物の明渡しを受け、同年八月三〇日に建物を取り壊し、同年九月一〇日には本件土地を更地にしたうえ、平成二年七月六日、宗教法人大乗寺との間で、本件土地を代金六億一〇三三万円余りで売却する旨合意し、その後、国土利用計画法に基づく届出をし、神戸市長から同年一二月三日付で不勧告通知を受けた。
宗教法人大乗寺は、寺院建設のための事前申請をしていたところ、同年一二月になって本件土地が長田神社境内地遺跡として文化財保護法五七条の二所定の周知の埋蔵文化財包蔵地に該当することが判明し、控訴人は、同月四日付書面により、神戸市教育委員会から試掘調査の通知を受け、その結果、右転売契約は解除された。控訴人は、文化財保護法に基づき、埋蔵文化財包蔵地として、本件土地の試掘調査を余儀なくされ、平成三年一月一八日に試掘調査をした結果、遺物包含層が検出されたため、発掘調査を義務付けられた。控訴人は、同年二月二八日に右試掘調査費用三六万三〇〇〇円を支払い、かつ、控訴人が負担すべき発掘調査費用の見積額は六〇〇〇万円に達するに至った。
三 被控訴人の責任
1 債務不履行責任
(一) 前記争いのない事実に、成立に争いのない甲第二号証、同第一六号証、乙第二号証の二、原審証人中尾康和の証言によって成立の認められる乙第一一号証、原審証人藤岡勇、同川上武志、同中尾康和、同林秀行の各証言によれば、以下の事実を認めることができる。
(1) 本件物件の所有者である樋上暉子ほか三名は、被控訴人に依頼して本件物件を売却しようとし、平成元年二月七日、被控訴人との間で媒介契約を締結した。
(2) そこで、被控訴人は、被控訴人三宮営業所において、本件物件を販売する旨の仲介に関する広告をするなどして買手を探していた。盛井不動産の林秀行は、同月中旬ころ、右広告をみて、当時右営業所次長であり、顔見知りの中尾康和を通じて、本件物件の買方業者として買手のために仲介をすることについて被控訴人の了承を得た上、不動産業を営む日本住建こと藤岡勇に本件物件の買手の紹介を依頼した。
(3) 控訴人は、藤岡勇から、本件物件の紹介を受け、本件物件の購入について、藤岡勇を控訴人側の交渉担当者とした。
(4) 藤岡勇は、被控訴人との交渉を林秀行に委ね、林秀行と中尾康和との間で交渉を重ねた結果、本件物件の売買代金を二億八〇〇〇万円とすることで合意した。そこで、売主の樋上らと買主の控訴人は、平成元年三月二四日に国土利用計画法に基づく届出をして、同年四月二〇日に神戸市長から不勧告の通知を受けた。
被控訴人は、媒介業者が売主側は被控訴人、買主側は盛井不動産と分かれているため、売買契約書を被控訴人の所定の方式で作成することとし、そのため本件売買契約書の作成業務を盛井不動産から被控訴人の子会社のエスクロージャパン株式会社に委託してもらい、同会社に対し盛井不動産から代行手数料として一〇万三〇〇〇円(うち三〇〇〇円は消費税分)を支払ってもらったが、重要事項説明書については同会社に作成させたのではなく、宅地建物取引主任者の資格を有する中尾康和に作成させた。
控訴人は、同月二四日、被控訴人三宮営業所で、被控訴人の宅地建物取引主任者である中尾康和から重要事項説明書の交付とその説明を受けた。そして、樋上らと控訴人は、同月二六日、右営業所において、売主側の媒介業者の担当者として中尾康和、買主側の媒介業者として藤岡勇及び林秀行が立ち会って、控訴人が樋上らから本件物件を代金二億八〇〇〇万円で買受ける旨の本件売買契約を締結した。
(5) 被控訴人が買主である控訴人に本件売買契約の媒介の報酬を請求したり、控訴人が被控訴人に本件売買契約の媒介の報酬を支払ったりした事実はない。
以上の認定事実によれば、控訴人は、藤岡勇及び林秀行に本件売買契約の媒介を依頼したものであって、被控訴人に媒介を依頼した事実を認めることはできない。
(二) 控訴人は、売主側の媒介業者と買主側の媒介業者が各別に存する場合でも、各媒介業者は、売主に対しても、買主に対しても共同して媒介契約上の責任を負担する義務があるとするのが不動産取引の業務上の慣習であると主張するが、このような慣習を認めるに足りる証拠がないから、控訴人の右主張は採用することができない。
(三) 控訴人は、林秀行が本件土地の調査をエスクロージャパン株式会社に依頼し、このため同会社の親会社である被控訴人が控訴人に対し本件土地の調査をする旨の契約を結んだ旨主張するが、先に認定した事実からは右主張の事実を認めることはできない。
(四) そうすると、その余の点について判断するまでもなく、被控訴人には債務不履行責任があると認めることはできない。
2 不法行為責任
宅地建物取引業法三一条は、「宅地建物取引業者は、取引の関係者に対し、信義を旨とし、誠実にその業務を行なわなければならない。」と規定しており、また、同法四七条は、宅地建物取引業者がその業務に関して相手方等に対し、重要な事項について、故意に事実を告げず、又は不実のことを告げる行為を禁止していることからして、宅地建物取引業者は、直接の委託関係はなくても、宅地建物取引業者の介入を信頼して取引をするに至った第三者に対して、信義誠実を旨とし、権利者の真偽につき格別に注意する等不測の損害の発生を避けるための業務上の一般的注意義務があるというべきである(最高裁判所昭和三六年五月二六日第二小法廷判決、民集一五巻五号一四四〇頁参照)。
前記認定のとおり、控訴人は、本件物件の買受けに当たって、被控訴人との間で媒介契約を結んでいないが、本件売買契約の当事者であり、被控訴人の宅地建物取引主任者中尾康和から重要事項の説明を受け、被控訴人の媒介を信頼して本件売買契約を締結して本件物件を買い受けるに至ったのであるから、被控訴人は、右一般的注意義務に違反したときは、被控訴人の媒介を信頼して取引をなすに至った控訴人に対しても、不法行為による損害賠償責任を負うことがあるというべきである。
四 被控訴人の宅地建物取引業者としての調査説明義務
1 控訴人は、文化財保護法五七条の二所定の周知の埋蔵文化財包蔵地に該当することは、法令に基づく制限に当たるから、宅地建物取引業法三五条一項二号に規定された「法令に基づく制限で政令で定めるものに関する事項」に当たり、被控訴人は、控訴人に対し、この点の調査説明義務を負うものであると主張する。
しかしながら、宅地建物取引業法三五条一項二号に規定された「法令に基づく制限で政令で定めるものに関する事項」のうち文化財保護法関係の規制については、同法施行令三条二八号に政令の規定があり、重要文化財の現状変更等の制限(文化財保護法四三条一項)、重要文化財の保存のための環境保全(同法四五条一項)、重要文化財の国に対する売渡しの申出(同法四六条一項及び五項)、重要有形民俗文化財の保護(同法五六条の一四)、史跡名勝天然記念物の現状変更等の制限及び原状回復の命令(同法八〇条一項)、史跡名勝天然記念物の保存のための環境保全(同法八一条一項)、伝統的建造物群保存地区の現状変更の規制(同法八三条の三第一項、第二項)、重要文化財等以外の文化財に関する地方公共団体の条例による措置(同法九八条二項)がこれに該当するが、周知の埋蔵文化財包蔵地(同法五七条の二)がこれに該当しないことは、同法施行令三条二八号の文言及びこれらの列挙条項の趣旨から明らかであり、控訴人の右主張は理由がない。
この点について、控訴人は、周知の埋蔵文化財包蔵地についても、文化財保護法九八条二項に基づく地方公共団体による文化財等の管理のため必要な措置を講ずることができるものと解されるとして、周知の埋蔵文化財包蔵地に該当することが法令の制限に当たると主張するが、文化財保護法五七条の二所定の周知の埋蔵文化財包蔵地は、そのことによって、当然に周知の埋蔵文化財包蔵地としての規制に服するものであって、文化財保護法九八条二項所定の地方公共団体の指定を要件とする規制とは直接関係がないと解されるから、控訴人の右主張は前記判断を左右するものということにはならない。
2 次に、控訴人は、宅地建物取引業法三五条一項は、宅地建物取引業者に対し、最小限の説明義務を定めたものであり、この義務を果たせば足りるというものではなく、宅地建物取引業者としては、宅地建物取引業法三五条一項所定の「法令に基づく制限で政令で定めるものに関する事項」だけでなく、「その他一定の重要事項」についても調査説明義務を負うと解すべきであり、周知の埋蔵文化財包蔵地に該当することはこれにあたる旨主張する。
宅地建物取引業法三五条一項は、「少なくとも次の各号に掲げる事項について」宅地建物取引業者が宅地建物取引主任者をして重要事項として取引関係者に説明すべきことを求めているのであり、又、宅地建物取引業者は、免許を受け、宅地建物取引主任者を置いて物件調査の能力を有しているうえ、取引対象となっている宅地建物についての規制を調査し、取引関係者にこれを説明して不測の損害の発生を未然に防止することを業務の一環としていることからも、同条項所定の「法令に基づく制限で政令で定めるものに関する事項」だけでなく「その他一定の重要事項」についても説明義務を負う場合があると解するのが相当である。ところで、本件で問題となっている周知の埋蔵文化財包蔵地とは、地方公共団体の文化財担当部署の資料に登載されており、しかも、貝塚、古墳などの外形的事実の存在、地形あるいは伝説、口伝等によりその地域社会においてその所在が広く認められているものをいうと解することができる。そして、このような周知の埋蔵文化財包蔵地について土木工事をしようとする者は、文化財保護のため試掘あるいは発掘をしなければならないという負担を負うほか、現状変更行為の停止又は禁止を命じられたり、遺跡の保護上必要な指示を受けたりするという負担を負うことがある(文化財保護法五七条の二、同条の五)。そうだとすれば、宅地建物取引業者としては、自らの媒介により土地を購入しようとする者が埋蔵文化財包蔵地であることにより不測の負担を負うことがないように配慮すべきであるということができる。しかし、宅地建物取引業者は、免許制で、かなりの専門知識や能力を求められるようになってきているとはいえ、その業務上の注意義務も自ずから限界があるものというべきであり、取引対象土地の隠れた瑕疵に関する専門家的調査や鑑定能力まで要求することはできないと解すべきである。したがって、前記のとおり、宅地建物取引業法三五条一項及び同法施行令三条二八号が、周知の埋蔵文化財包蔵地を掲げていないことからすると、少なくとも、平成元年当時においては、周知の埋蔵文化財包蔵地であるというだけで、宅地建物取引業者が常に調査説明義務を負うものと解することは相当でなく、個々の取引における具体的実情において、取引対象土地が埋蔵文化財包蔵地であることについて、宅地建物取引業者として業務上予見し、もしくは予見可能であり、かつ取引関係者に周知の埋蔵文化財包蔵地であることによる負担を負わせるのが酷であるような特段の事情があると認められる場合に限って、調査説明義務を負うものと解するのが相当である。
これを本件についてみると、前掲甲第二号証、成立に争いのない甲第七号証の一・二、同第二三号証、乙第二三号証の一・二、手書き部分を除き成立に争いのない甲第一八号証、前掲乙第五ないし一〇号証、被写体が本件物件であることに争いのない検甲第一号証、本件物件及びその周辺土地の写真であることに争いのない検乙第一号証の一ないし六、原審証人藤岡勇、同川上武志、同中尾康和の各証言によれば、本件土地は、長田神社の近くに位置するものの、地目は宅地として登記され、周辺は、東側が舗装道路に面し、西、南、北側には住宅家屋が密集していること、平成元年四月当時本件土地上に存在した建物は、古いもので昭和三七年に、新しいもので昭和四九年に新築されたもので、木造瓦葺二階建が五棟、木造スレート葺平家建が一棟であり、いずれも住居用に使用されていたこと、本件土地はほぼ平坦であり、古墳や貝塚の存在を窺わせる形態ではなく、外観上本件土地及びその周辺土地は宅地であったこと、本件土地が長田神社境内地遺跡であることを伝える伝説、口伝が存することが明らかでないこと、控訴人が本件土地を樋上らから買受けるに際し、売主、買主、媒介をした被控訴人の宅地建物取引主任者である中尾康和、藤岡勇、林秀行のいずれも本件土地が埋蔵文化財包蔵地であることに気付かず、埋蔵文化財包蔵地の話題はでなかったこと、中尾康和は重要事項説明書の作成に際し、神戸市都市計画局を訪れたが、文化財保護法による規制については念頭になかったため神戸市教育委員会を尋ねていないこと、本件土地は平成二年七月に控訴人から宗教法人大乗寺に売却する旨の合意がなされたが、このときも取引関係者は、本件土地が埋蔵文化財包蔵地であることに気付かず、平成二年一二月に至って、神戸市教育委員会から控訴人に対する通知がなされて始めて本件土地が埋蔵文化財包蔵地であることが関係者に判明したことが認められる。
右認定事実からすると、平成元年四月当時、本件土地は埋蔵文化財包蔵地であるが、これが周知であったとまでいえず、しかも、被控訴人としては、宅地建物取引業者としての業務上、本件土地が埋蔵文化財包蔵地であることを予見せず、これを予見することも困難であったというべきである。そうすると、被控訴人には、控訴人が本件土地を樋上らから買受けるに際し、控訴人に対し、本件土地が周知の埋蔵文化財包蔵地であることを調査説明すべき義務があったということはできず、これをしなかったからといって不法行為責任を認めることはできないというべきである。
なお、前掲甲第二三号証、成立に争いのない甲第二七号証によれば、神戸市教育委員会が作成して一般にも販売している神戸市文化財分布図(甲第二三号証)には、昭和六〇年三月発行のものから本件土地が長田神社境内地遺跡に包含されるものとして掲載されていることが認められるが、これが本件土地の地域社会において広く知られていたとまで認めるに足りる証拠はないから、これによって周知性、予見可能性に関する前記認定判断を左右することはできない。
3 控訴人は、宅地建物取引業者間では、既に昭和六〇年から、不動産の媒介にあたって、埋蔵文化財包蔵地に該当するかどうかの調査がなされているし、平成元年度の宅地建物取引主任者の実務講習テキストでも、周知の遺跡については、教育委員会に備付けの遺跡地図を確認するように指導がなされているから、被控訴人としては、本件土地が文化財保護法に関する規制を受けているかどうかについて、神戸市教育委員会へ照会するなどして調査し、その結果を説明する義務があるのにこれを怠った過失があると主張する。
当審証人坂岡孝行の証言によって成立の認められる甲第三〇号証及び同証人の証言によれば、宅地建物取引主任者である坂岡孝行は、昭和六〇年四月に媒介した芦屋市朝日ケ丘町の宅地の売買に関する重要事項説明書の法令による制限欄に文化財保護法による規制があることを指摘し、備考欄に、当該物件が文化財保護法五七条の二に規定する周知の埋蔵文化財包蔵地であり、費用は原因者負担で発掘する旨を記載したことが認められる。しかしながら、成立に争いのない乙第三二号証、右証人の証言によれば、昭和六〇年当時、芦屋市朝日ケ丘町には古墳公園があり、遺跡が存在することがはっきりしていて、当該物件は朝日ケ丘古墳群という表示が掲示されている右古墳公園のすぐ近くに所在していることが認められるのであるから、本件土地とは状況を異にしており、本件土地に関する被控訴人の調査説明義務の存否の判断の用に供することは相当でない。
成立に争いのない甲第二八号証の二、乙第三一号証の二、原本の存在と成立に争いのない甲第三一号証によると、財団法人不動産流通近代化センターが平成元年一二月に発行した宅地建物取引主任者資格登録に係る実務講習テキスト(甲第三一号証)では、文化財保護法による規制のうち周知の埋蔵文化財包蔵地についても、規制の内容及び調査の方法がかなり詳しく解説されていること、同財団法人が平成三年一一月に発行した宅地建物取引主任者を対象にした不動産物件調査マニュアル(甲第二八号証の二)でも文化財保護法による規制のうち周知の埋蔵文化財包蔵地については教育委員会で調査することが解説されていることが認められる。これらによれば、平成元年以降、宅地建物取引主任者を対象にした講習において、周知の埋蔵文化財包蔵地に関する事項も取り上げられていることが認められるが、これらは講習のテキストあるいは実務のマニュアルであって、しかも、成立に争いのない乙第一二号証及び当審証人西下誠の証言によれば、同財団法人が平成四年三月に発行した宅地建物取引主任者講習テキスト(乙第一二号証)では、文化財保護法による規制のうち埋蔵文化財包蔵地に関するものについては説明がなされていないことが認められるから、前記講習等をもって、宅地建物取引業者に、平成元年四月当時、取引対象土地が周知の埋蔵文化財包蔵地であるというだけで常に調査説明義務があったとみるのは相当でないというべきである。したがって、控訴人の右主張は、その前提において理由がないというほかはない。
五 結論
よって、控訴人の請求は、その余の点を検討するまでもなく理由がないからこれを棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官福永政彦 裁判官井土正明 裁判官赤西芳文)
別紙物件目録<省略>